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更新日:平成23年3月15日
巴川水系の本流である巴川は、文殊岳へつづく低山の山麓から流れ出てすぐに平地の流れとなり、麻機から清水港までのかつては入江だった低湿地帯を蛇行を繰り返しながら流れる川でした。しかし明治の時代から改修が始まり、蛇行が失われていきました。現在の巴川にはかつて大蛇行を繰り返したおもかげはほとんど残されていません。 自然の池もあります。瀬名の弁天池は湧水の池で、かつてはわき水の量も多く、池水もたいへん清く冷たいものでした。周囲の開発が進み、わき水も減ってしまいました。現在、麻機遊水地として掘削され整備されているあたりにも、かつては浅畑沼とよばれる大きな沼がありましたが、巴川の改修とともに干拓されていったんは農地となりました。昭和49年(1974年)のいわゆる七夕豪雨の被害のあと、見直されて再び湿地に戻されることになりました。その事業はまだ続いていますが、完成のあかつきには広大な湿地が出現することになるでしょう。 |