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皆さま、お元気でお過ごしでしょうか。
3月に入って急に気温が上がり、めっきり春めいてきました。しかし、連日の強風と、それにより舞い上がる土埃を含んだ大気には閉口です。遠くがかすんで見えるのに、中国大陸からやってくるPM2.5付着黄砂による影響はどれくらいあるのでしょうか。
さて、東日本大震災から丁度、2年が経ちました。復興の歩みが極めてのろいのが、本当に残念です。厳しい毎日を送られている皆様にお見舞いを申し上げるとともに、一日も早い復興をお祈り申し上げます。
前回のこのページでは、安倍政権の緊急経済対策による公共事業について、フロー効果とストック効果を考えてみました。今回は、そのうちの「ストック効果」について、少し詳しく掘り下げてみます。
わが国では、バブル経済がはじけた20年前頃から、公共事業には無駄なものが多いという声が高まり、“公共事業は無駄”と言い切るほどの社会の風潮が出来上がってしまいました。
もちろん現実には、すべての公共事業が無駄のはずがなく、効果が極めて大きなものから、これは効果が小さすぎてやるべきではないというものまで、千差万別です。
そこで、投入する予算と比較して十分な効果が期待できるものかどうかを、事業に着手するうえでの大きな判断材料とすることになります。これは、単に効果そのものの大小ではありません。いかに大きな効果があるものでも、その効果の量よりも大きな量の予算を必要とするのであれば、意味がないからです。たとえば、何かの製品が1つ1万円で売れるとしても、その製作に1つ1万円以上かかったのでは意味がなく、そうとわかっていて商売をする人は、別の理由がない限りいないはずということです。
それでは、実際の公共事業では、その費用対効果をどのように分析しているのでしょうか。
皆様に馴染みの深い事業分野のうち、河川事業では、効果(分析上は「便益(Benefit)」と呼びます)として、50年間を対象として、河川が整備された場合に水害が減少することによる家屋や物品の被害額、営業停止損失や応急対策費用などを算定します。水害による道路や河川などの公共施設の被害額も含まれます。そして、「費用(Cost)」として、事業着手から完成までの総事業費と50年間の維持管理費を算定し、費用便益比(Cost Benefit Ratio;B/C)を出します。B/Cが1.0を超えれば費用よりも便益の方が大きく、実施する価値のある事業ということになります。
次に、道路事業については、「便益」として、50年間を対象に、道路が整備された場合の①走行時間の短縮、②走行費用の減少、③交通事故の減少を算定します。①走行時間短縮便益とは、バイパスが建設されたり、現道のカーブが滑らかにされたり拡幅されたりすることにより、距離の短縮や走行速度の向上が起き、それによって走行時間が短縮されると、その生み出された時間を別の目的に生産的に使用できることから、その効果を金額で表したものです。②走行費用減少便益は、距離の短縮により、ガソリンなどの燃料やオイルの消費、タイヤや車体などの損耗量が減少する費用減少です。③交通事故減少便益は、走行距離あたりで平均的に出された事故発生率と、交差点の事故発生率に交差点数を掛けたものを足します。そして、①~③のすべてに、その道路の車両走行台数が掛けられているため、交通量が多い道路ほど便益の数値は高くなり、有利となります。次に、「費用」について、河川と同じように、事業着手から完成までの総事業費と50年間の維持管理費を算定し、費用便益比(B/C)を出します。
以上、河川と道路における費用対効果分析の方法を説明してみました。
それでは、国も地方も財政状況が厳しい現在のわが国では、とにかく、このB/C値が高い方から事業を実施すればいいのでしょうか。ここでは、すべての公共事業を行うべきでないというような論議は除いて考えましょう。
議論のしやすい道路事業について考えてみます。
ある場所で、ある事業を予定したときの交通量の影響を調べます。この場合、費用(C)は一定なので、B/C値は、便益(B)が高い方が有利となります。すなわち、都市部や経済活動が盛んな地域間の移動に利用される道路、人が多く住んでいる地域の道路が有利といえます。
そこに、この分析手法の1つの課題があると考えられます。
ここで、上述した道路の便益の算出根拠をよく見ると、皆さまがすぐに理解できる、あるいは思いつく、直接的な便益のみで算定されていることに気がつきます。実際に道路整備によって得られる効果、例えば、地域で重篤患者が発生した場合に、高度医療が行える病院に早く到達できて人命が救われるといった救急医療の効果や、災害が起こった場合の集落の孤立をいかに防ぐかといった“命の道”の観点、道路ができることのよる企業立地誘導の効果、街並みが整うことによる人々の精神面でのプラス効果など、言われてみれば納得できるような多くの効果が、便益として算入されていないのです。その理由は、これらの効果を金銭的な価値に精度良く置き換える手法が、まだ確立されていないからです。
その結果として、無駄な公共事業という議論に視点の偏りが生じている可能性があると、考えられます。
公共事業無駄論を強く唱えている方々の多くは、おそらく、ラッシュアワーには数分ごとに到着する地下鉄やバスが運行されているような、都市部に住まわれている方々が多いのではないかと思います。自動車がないと日常生活が円滑にできないような地方に住んで、大きな病院まで1時間以上掛かり、周囲の山や谷の様子を肌で感じながら見守り、あるいは保全してきた人たちのことには、思いが巡っていない人たちが多いのだろうと思ってしまいます。
皆様は、山陰地方の鳥取・島根・山口県を結ぶ高速道路や、九州東側の海沿いの大分県・宮崎県を貫く高速道路、四国の高知県を中心とした南岸地域高速道路など、いくつかの重要な高速道路がネットワークとしてつながるのには、まだまだかなりの期間を必要とすることをご存知ですか。
私どもの静岡県では、歴史的にも東海道として交通需要が大きく、地の利があって、東名のほかに新東名も開通しました。しかし、交通量が多く見込めないことを主な理由として、高速道路がつながらない地域が多く残っているのです。そのような地域では、交通量が少なければ、その高速道路の一部を4車線ではなく2車線で整備することも含め、工夫をしながら、早くつなげることが望ましいと思います。
また、一般道路における上述したB/C評価は一定規模以上の事業において義務付けされており、地方部の待避所を設置するようなスポット的な整備では、数値評価が困難なために行われていませんが、命の道の観点などから、整備は急がれるのです。
現在、あるいは将来も地方において必要なことのひとつに、社会として、そこに住む人々に生活の利便性にはある程度我慢していただきながらも、彼らの生命や最小限度必要な財産を守り、結果として国土を守っていくことにご協力をお願いするということがあると思います。この場合の“利便性に我慢していただく”程度とは、そこに住む人々の多くが、もうここには住めないと出て行ってしまうような不便さは許容しない程度、という言い方ができるでしょう。
適切な間隔で待避所を設置するなどの、コストを抑えた地方の道路整備の考え方は、私どもの管内でも地域の住民の皆さまには十分に理解をしていただいています。皆さまには、現行の事業評価手法には課題もあることを認識しておいていただくとともに、他人の痛みがわかる社会の一員であって欲しいと思います。
それでは、次回まで、お元気でお過ごしください。
平成25年3月11日
島田土木事務所長 渡邉 良和