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トンネルの掘り方

 
 島田土木事務所長 渡邉 良和  

 

皆さま、お元気でお過ごしでしょうか。

昨年末から1か月以上、気温の低い日々が続いていましたが、先週の週末から、久々の降雨とともに暖かさを感じる気候が訪れてくれました。

さて、私は、先週末、「静岡県トンネル技術検討委員会」に出席するため、伊豆市に出かけてきました。トンネルといえば、最近の中央自動車道笹子トンネルの天井板落下事故が記憶に新しく、世の中では社会インフラ(基盤)の老朽化対策や効率的な維持管理が脚光を浴びているところですが、今回のページでは、トンネルの維持管理ではなく、「トンネルの掘り方(建設)」についてお話しをさせていただきます。

 

静岡県トンネル技術検討委員会

皆さまは、普段、自動車でさまざまなところに出掛けられると思いますが、通過する道路で、橋の数とトンネルの数が、どのような比率となっているか想像がつきますか。これは都道府県単位の集計でも、市町単位でも、その土地の地形に大いに左右されることは間違いありません。たとえば長野県のような山間地ではよそに比べてトンネルが多くなり、関東平野などではトンネルが少なく橋ばかりということです。これを静岡県が管理する道路(総延長約2,700km)で考えてみると、橋の3,158橋に対して、トンネルが148本となります(平成23年4月1日現在)。

一体、何の話をしているのだろう、と思われるでしょうね。

実は、我々土木技術者が構造物の設計、施工に携わるのには、当然ながら専門知識が必要です。そして、その専門知識を身に着けるのには、大学や高校における授業や実習のほか、社会人になってからの実経験や自己研鑽が何より重要です。その視点から先ほどのデータを見ると、静岡県の技術職員がトンネルの建設や維持管理にかかわる機会が橋に比べてはるかに少ないということがお分かりいただけると思います。現実に、橋の工事は技術者のほぼ全員が担当しますが、トンネル工事を担当することは、在職中にまったくないという技術職員の方が、圧倒的に多いのです。

こうしたことから、担当職員等の不利な環境をカバーするため、平成11年4月に、静岡県トンネル技術検討委員会が発足しました。その目的は、トンネルの計画・設計や施工管理に関して、経験や知識に乏しい担当職員やその上司等に対して、専門知識を有したメンバーや組織の幹部が支援をするというものです。

実は、この委員会は、私が当時、道路建設課に在籍していた時に、上述した理由・目的を示し、上司を説得して立ち上げたものです。私は、県に入庁する前の1年間は民間建設会社で水力発電所建設に係わるトンネル工事に携わりました。また、県に入ってからも、複数の道路トンネルの設計や施工に直接携わる機会を得て、継続的にトンネル技術を学んでいました。そのような中で、静岡県では建設するトンネルに対して、県内各地で、あまり専門知識のない技術職員が担当をせざるを得ないことに、強い危機感を覚えたからでした。なお、その後、このような形は三重県や岐阜県などにも広がっていると伺いました。

今回の伊豆市における委員会は、現在、国が整備を進めている伊豆縦貫自動車道の「天城北道路」工区の完成・開通が平成20年代と予定されている中で、県が整備することになるアクセス道路の計画に約200mのトンネルが含まれていることから、そのトンネルの計画・設計に関して検討を行ったものです。

ここでは、当委員会における議論の詳細は割愛し、このページの主題に話を移します。

委員会で発言する筆者

委員会で発言する筆者

 

トンネルの種類

トンネルは、建設の方法により、山岳工法、シールド工法、開削工法、沈埋工法の4つに分けられます。

このうち山岳工法は、皆さまがよく目にされるもので、いわゆる岩山を貫いて掘られるものです。日本では、江戸時代に掘られた、大分県耶馬渓の「青の洞門」や「箱根用水(深良用水)トンネル」が最古とされています。当時は人間がノミと槌を使って、崩れにくい岩盤を掘るやり方しかありませんでしたが、その後、火薬やダイナマイトを用いた掘削(“発破”と呼びます)、あるいは、あまり硬くない岩盤の場合は、ドリルのようなものを回して岩を削る機械掘削も登場しました。

トンネルを掘削した後、崩れようとする地盤(亀裂の入った岩盤)を支える方法も、木製の支保工(アーチ型に木枠を組み合わせる方法)を経て、アーチ型鋼製支保工の時代となり、現在では、鋼棒を放射状に地盤内に差し込んで補強するとともに、鋼製支保工とコンクリート吹付けを使って、より安全に、また効果的・経済的に地盤を支える工法に移っています。こうした工法の進展に伴い、比較的崩れやすい地盤でも、昔に比べてはるかに安全に、かつクリーンにトンネルが建設できるようになっています。

シールド工法は、地面から浅い位置に建設される地下鉄などのように、山岳に比べて極めて崩れやすい平地の土砂の中にトンネルを建設する場合に用いられ、直径数メートル規模の茶筒のようなものを水平方向に地面に押し込み、その中の土砂を掘って排除するという作業を連続して行っていくものです。掘った後の孔は、孔のサイズにぴったり合う円形の鉄筋コンクリート製の筒で支えます。

開削工法は、余り高くない丘の下をトンネルで抜けるような場合で、一度丘を切り開いて、アーチトンネルや箱状の鉄筋コンクリート構造物を築造した後、再び土で埋め戻してトンネルにする方法です。切り開いたままの方が経済的に有利であっても、その場所を将来も利用する必要があるなどの理由がある場合に用いられます。なお、このような浅い位置のトンネルでは、山岳工法では大規模な補強が必要となり、不利になります。

沈埋工法は、陸地と沖合いの人工島などを結ぶ場合などで、橋にすると船の通行上支障となるために、浅い海底にトンネルを建設しなければならないような時に用いられます。陸地で製作した箱状の鉄筋コンクリート構造物を船で曳航して、あらかじめ掘っておいた大きな溝にそれを据え付け、最後に土砂をかぶせて浮き上がらないようにするというものです。

以上、4つのトンネル建設の方法を紹介しましたが、実際は、静岡県の管理するものも含めて、トンネルの大部分は山岳工法によるものです。

 

 

山岳トンネルの掘り方

次に、最も多い山岳トンネルの掘り方に絞って説明してみます。

トンネルの計画・設計を行うのには、第一に、その場所の地盤(岩盤)の強さ、すなわち地質が問題となります。

日本列島周辺では、東海地震や南海トラフ地震の原因とされるプレートテクトニクス理論で説明されるように、4つの岩盤プレートが相互に潜り、潜られる形となっています。そのため、国土の大部分が、褶曲により多数の亀裂が生じた岩盤プレートや、岩盤プレートが潜っていく過程で表面を削り取られて生じた破砕物が積み重なったものから成っています(火山活動で生まれた溶岩がその地層を貫き、また地層に覆いかぶさった場所も多くあります)。そのため、欧米などに比べて地盤が脆弱で、その地盤にトンネルを掘るのには、地質の状況に応じて、より頑丈な支保工を使う設計をしなければなりません。事前に、または掘りながら地質を的確に把握し、地盤に応じて適切な補強を施さないと、掘削中に地盤が崩壊し、事故に遭遇する危険が増します。

地質の調査は、一般的には、トンネルの設計に先立ち、地表の踏査や地質ボーリング(直径数cm、深さ数m~百m程度の孔を掘って、その孔から円柱状の地層サンプルを取り出します)などにより、地中の地層や地質の分布状況、地盤強度、地下水の有無などを判断します。

トンネル計画地で地質状況を確認する筆者

トンネル計画地で地質状況を確認する筆者

 

事前調査により概ねの地質が把握できたら、次に、地質条件に応じて、安全かつ効率的・経済的な設計を行います。

山の奥に入ると、アーチ作用といって、子供の頃に砂場で作った砂山に手で小さな孔を掘っても崩れなかったようなことが期待できますが、トンネルの出入り口(坑口)付近ではその作用が働かないために、より頑丈な支保工を設けなければなりません。また、山の奥に入っても、地盤が乱れている破砕帯などのような箇所では、同様に頑丈な支保工を採用したり、地盤の補強を万全にしたりしなければなりません。

トンネルを掘る場所の地盤が水を含んでいる場合は、最も注意が必要です。少し前のこのページで、地すべりの原因のお話をしたのとまったく同じで、水があるとトンネルの天井部分が落ちやすくなり、また側部が押し出されやすくなるからです。事前に、地盤内に地下水が多量にあることがわかれば、トンネル掘削を始める前に、直径数cm~10cm程度、長さ数m~数十mの孔を何本か掘って水を抜くことがあります。これを排水ボーリングと呼びます。

実際のトンネル掘削工事が始まると、施工業者の方々が詳細な地質の状況や湧水の状況、掘り終えた部分の地盤の緩み具合を計測しながら、発注者と対応策を検討しつつ工事を進めて行きます。なお、地盤が緩むと、周りの地盤に押されてトンネルの形が変化し、歪み(変位)が進行すると落盤事故につながります。そのため、変位のレベル(一般的には3段階とします)をあらかじめ決めておいて、変位の状況に応じて、計測の頻度を増したり、簡易な補強をしたり、もっと進行すると補強のレベルを上げたり、さらにはもっと頑丈な支保工に変更したりということを、日々繰り返しながら掘削を進めて行きます。

地盤内の地下水は、トンネルを掘り始める前には正確にはわからないことも多いため、掘削中に湧水が多いことがわかれば、トンネルの中から、これから進んで行く地盤の方向に向けて排水ボーリングを行い、水を抜いて工事の安全を確保する場合もあります。

 

 

貫通の瞬間

このようにして、ついにトンネルが貫通すると、貫通した瞬間には必ずといっていいほど爽やかな風が通り過ぎます。最後の発破やドリル状の機械による掘削で発生した粉塵が静かに吹き払われるのです。それまで山にさえぎられていた風が、新たに道を得たのですから当然といえば当然なのですが、その瞬間は本当に心地よいものです。

私自身は、これまでに5~6本のトンネルで貫通の瞬間に立ち会いましたが、地中のうす暗い中で埃や水にまみれ、危険を最小限にとどめながら掘削工事に係わってきた作業員たちの、貫通に達した喜びを、爽やかな風が祝福してくれる気がして、いつも感無量となります。

ちなみに、貫通点の岩のかけらは昔から、“貫通石”として安産のお守りにされています。いわれは、古事記に、神功皇后が懐妊中にも拘わらず新羅に遠征した際に、敵の背後に回るトンネルを掘り、そこから急襲して大勝を得て、勝利の記念にトンネルの貫通点の石を持ち帰り出産の際の枕元に置いたところ、すこぶる安らかに男子(後の応神天皇)を授かったとの記述があることからだそうです。

トンネルは掘削が完了すると、その後、厚さ30cm~60cm程度のコンクリートで内側を保護・化粧され、照明灯や舗装、標識が整備されて、また、延長の長いトンネルでは必要に応じ非常電話や非常口のなどの防災設備や換気装置が設置されて、皆さまの通行を待つことになります。

 

トンネル工事に係わる“迷信”

トンネル工事には、知る人ぞ知る迷信があります。

「トンネル掘削中の坑内は女人禁制」というものです。これは、私は社会人になってトンネル工事に係わるようになってから聞きましたが、トンネルに係わる人たちの常識となっていました。

その理由を後に調べたところによれば、①山の神様は女神で、女性が入ると嫉妬してトンネルが崩壊する、②トンネルが崩壊する前兆として、岩盤がこすれ合って「キー」というような女性の悲鳴のような音がする(私自身はその音を聞いたことはありませんが、作業員の方々からそう伺いました)が、女性が坑内で何かのはずみにそのような声を上げることがあり得ることから、いざという場合の作業員の避難遅れにつながる恐れがある、③昔のトンネル掘削現場は現在の工事では想像できないほど泥や粉塵で汚く、女性には見せたくなかった、というようなものが見つかりました。

しかし、これには、吉村昭が、大正から昭和時代にかけて掘られた丹那トンネルの工事を書いた小説「闇を裂く道」でも、女性が坑内でトンネルの壁を造るレンガ積みに従事していたとの記述があり、とはいえ、“妻が出産した折には一週間坑内に入らぬ習わしがあり、女が入るのをかたく禁じる現場もある。それは、山の神―女神の嫉妬を買い、山が荒れるからだという。迷信だといって笑うのは容易だが、それほど神経を使わなければならぬ危険な職場だ。”と表現したように、この“迷信”は、上述したような理由が複合されて生まれたものであろうと考えています。

 

おわりに

今回は、皆さまにあまり馴染みのない、トンネルの建設に光を当てて紹介をさせていただきました。専門的な説明をすれば、かなり多くのページを要するために、今回は、一般の皆さまにご理解をいただきやすい、基本的なところだけのお話にとどめさせていただきました。物足りなかった皆さまには、申し訳ありません。

皆さまが何気なく通過されるトンネルも、車で通過するのは数十秒間であっても、建設には粉塵や泥水にまみれながら、危険と隣りあわせで、長期間、必死で働いていただいた多くの作業員の方々の“縁の下の力”があることを、是非ご認識いただきたいと思います。

それでは、次回まで、お元気でお過ごしください。

 

 

 

平成25年2月5日              

島田土木事務所長 渡邉 良和