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更新日:平成24年11月5日
JR焼津駅南口から伸びる駅前通りには、多くの店が軒を連ねています。昭和29年当時、原動機付き三輪車は普通免許なしで運転ができ、貨物用として商店街で活用されていました。当時は貴重な食料品であった鶏卵の販売所の看板も見えます。祝事の際に鶏卵を食べるのが人々の楽しみの一つでした。
~昭和29年頃の駅前通りの様子~
現在の駅前商店街通りです。電線の地中化や一方通行化など、平成に入ってから大規模な整備工事がなされ、新たなスタートを切っています。
~平成24年現在の駅前通りの様子~
昭和初期に旅客や貨物が飛躍的に増えたことに伴い、地元住民の間で駅舎拡張の声が高まりました。これを受けて地元町会が土地を買収し鉄道省に寄付、昭和10年に二代目駅舎が完成しました。写真は二代目駅舎南口の昭和38年当時の様子です。
~ 昭和38年頃の焼津駅の様子 ~
この頃再び改築され、駅舎は三代目となりました。写真は南口の様子です。漁業の街らしく、駅舎には鮮魚や水産加工品をさばく鮮魚ホームがありました。
~ 昭和40年頃の焼津駅の様子 ~
南口駅前ロータリーは人と車が活発に行きかっていました。また駅の南には焼津黒潮温泉があり、人々の疲れを癒していました。
~ 昭和42年頃の焼津駅前ロータリーの様子 ~
現在の駅舎です。南口駅前広場には小泉八雲の碑や焼津黒潮温泉を利用した足湯があり、人々の憩いの場となっています。
~ 平成24年現在の焼津駅の様子 ~
南口駅前ロータリーは、立ち並ぶ店舗は変わったものの変わらぬ賑わいを見せています。正面には、観光客の窓口となる焼津市観光協会があります。
~ 平成24年現在の焼津駅前ロータリーの様子 ~
幸町通りは焼津駅南側の県道上青島焼津線です。店舗が整然と並び、広々とした道幅が印象的です。現在も営業を続けている会社の看板も見えます。
~ 昭和36年頃の幸町通りの様子 ~
幸町通りはゴールデン通りと改称されました。平成2年、再開発に伴い、焼津信用金庫向かいにアトレ焼津が造成されました。アトレ焼津には市役所分室や公民館、ふれあいホール等があります。幸町通りは市民の集いの場であると同時に、焼津と藤枝を繋ぐ重要な道路として機能しています。
~ 平成24年現在の幸町通りの様子 ~